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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)965号 判決 1954年7月24日

控訴人 被告 三洋化工株式会社

被控訴人 原告 青野数逸

訴訟代理人 青野実雄

主文

本件控訴は棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴人主張の本訴請求の原因事実は原判決摘示のとおりである。

控訴人は答弁として、「被控訴人主張の本件約束手形を控訴人が振り出したことは争う。本件手形は控訴人が訴外北岡惟夫から金融の依頼を受け、当時同訴外人が控訴会社の代表取締役であつた関係上、控訴会社はこれを拒絶し兼ね。昭和二七年二月二五日単に振出人の記名捺印のある手形を同訴外人に交付したところ、同訴外人は任意に金額その他の手形要件を補充して自己の融資のために使用したのである。従つて、本件手形の振出人欄には振出人として控訴会社の住所と名称が表示され、次いで代表取締役の肩書を附した訴外北岡惟夫の記名捺印があるけれども、本件手形は同訴外人が控訴会社の代表者として控訴会社のために振り出したものではなく、控訴会社の代表者である訴外北岡が個人として振り出したものといわなければならない。仮にそうでないとしても、本件手形は訴外北岡に金融を得させるために控訴会社が振り出したものであるから、訴外北岡は支払のための呈示を受けるまでに当然これを回収して控訴会社に返戻すべき筋合のものであり、同訴外人もそのことを控訴人に約束していたのである。しかるに被控訴人は右事情を知りながら本件手形を割り引き、その裏書譲渡を受けたものであるから、被控訴人は控訴人に対して本訴請求権を有しない。」と述べ、被控訴代理人は「控訴人の主張事実は全部否認する。」と述べた。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証を提出した。控訴人は「甲第一号証の表面は否認する。ただし振出人としての控訴会社の住所及び名称、代表取締役の各印判、北岡惟夫の記名印及び名下の印影(取締役社長之印)の成立並びに支払地支払場所振出地欄記入の各ゴム印の真正であることは認める。同号証の裏面及び附箋の成立は知らない。」と述べた。

理由

控訴人は本件手形(甲第一号証)の振出人であることを争い、それは控訴会社の代表取締役である訴外北岡惟夫が個人として振り出したものであると主張する。しかしながら、手形は強度の流通性を有する有価証券であつて、そのために要式性、文言性が厳格に要請されているのであるから、手形当事者が何人であるか、その他手形要件が何であるかは一に手形上の記載自体によつて客観的に決すべきものであり、手形の記載自体をはなれて、これと異なる者を振出人と主張しこれを立証することは許されないといわなければならない。ところで、本件手形の振出人欄に控訴会社の住所と名称が表示され、次いで代表取締役である訴外北岡惟夫の右肩書と記名があり、その名下に捺印(取締役社長之印)のあることは控訴人の認めるとおりである。この記載によれば、振出人として表示されているのは控訴会社であるという外はなく、またそれは会社が振出人である場合の振出人の署名の方式として間然するところはないのである。されば本件手形の振出人は控訴会社ではなく、訴外北岡個人であるという控訴人の主張自体において理由がない。なお控訴人は控訴会社の代表取締役である訴外北岡に本件手形を交付した当時には、本件手形には金額その他の手形要件の記載がなく、それは訴外北岡が任意に補充したものであると主張するが、主張自体において全然本件手形の振出の成否やその効力に影響があることではない。なんとなれば株式会社の代表取締役は、内部的にはどのような制約や負担を加えられていようとも、対外関係における業務執行として会社の営業に属する一切の裁判上裁判外の行為を代表してなす権限を有し、従つて、控訴会社の代表取締役である訴外北岡は控訴会社の名においてみずから適法有効に約束手形を振り出すことができるからである。

本件手形の金額その他の手形要件が被控訴人主張のとおりであること、及び被控訴人がその主張の裏書譲渡によつて本件手形の所持人となり、支払期日にこれを呈示して支払を求めたが拒絶されたという被控訴人の主張事実は控訴人において明かに争わず、かつ弁論の全趣旨に照しても争うものと認むべきものもないからこれを自白したものとみなす。

ところで控訴人は本件手形は融通手形であつて悪意で本件手形を割り引き、裏書によつてこれを取得した被控訴人は、控訴人に対して本件手形上の権利を有しないと抗弁する。しかしながらいわゆる融通手形の振出人は被融通者に対しては一般にそのことを理由に手形債務の支払を拒否し得るのは当然ではあるが、融通手形は被融通者にその手形を利用することによつて、金銭を得させ、もしくは得たと同一の効果を受けさせようとするものに外ならないのであるから、その手形が利用されて被融通者以外の第三者が取得した場合においては振出人は融通手形を振り出した所期の目的を達したわけであり、右第三者が手形の性質を知つていたかどうかによつて、それは少しも差異はないのであるから、振出人はその手形の所持人である第三者に対しては、その者が融通手形であることを知つてこれを取得したと否とにかかわらず、手形債務の支払を拒絶し得ないものというべきである。これと異なる見解に立つ控訴人の主張は理由がないものとして排斥する。

そうすると控訴人に対し金三十万円及びこれに対する手形呈示の日後である昭和二七年三月三〇日から右支払済まで年六分の金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

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